Touch Me!






ただ、ちょっとおかしいのかなって思ったのは事実だけどさ。さすがの私だっておかしいってことには気づいてたよ?でも、こんな放っておいたら死んでしまいそうな顔されたら、拾わないわけにもいかなくて。毎日毎日同じことの繰り返しでつまらない・・・いわゆる“普通”の日々を送っていた私には、ちょっとした刺激が欲しくて。普通のまま過ごして、普通で死んでいく人生は嫌だったのかもしれない。だから、だからなんだよ。決して、赤色の髪の毛が珍しいから、とか、一緒に飲む相手が欲しかったから、とか、実は昔少女マンガが大好きでこんなロマンチックな出逢いに憧れていたから、とかではないはずなんだよ、絶対。・・・・いや、多分。



「いやー、美味い美味い。ありがとな、お前」
「あ、うん。」
「丸5日飲まず食わずでよー。すげぇな、人間って。食べなくても5日は生きていけるんだぞ、と。」
「・・・5日・・・」
「あ、でも昨日は雨降ってたからな。雨飲んだから、丸々5日ってわけじゃねぇか」



そう言って彼は笑い、そしてまた食べ始めた。―――私は一人暮らしだ。実家には父も母も健在しているが、やはり20を越えたなら自立するのが普通だろう。残念だが、彼氏はいない。高校を卒業する時、遠恋になるからと別れたっきり、それまでだ。だから、変に私は緊張してしまった。子供が大好物な食べ物を食べる時みたいに、料理に夢中になっているだけのに。やはり、男という肩書だけで、緊張しているのかもしれない。そんなやましい考え方は止めようと、ひとり心の中でそう思った。気が付くと、彼は最早食べ終わっていた。私がありったけの食材を使って作った料理を乗せた皿を、机に乗らないほど置いたというのに。その皿たちはあっという間にキレイになり、何重にも重ねられた。かなりの量の食べ物が彼の胃の中に全て収まった、と言っていいんだろう。



「ねぇ、なんであなたはあんなところにいたの?」
「ん?」
「街の路地裏にさ、倒れてたじゃない。見たところ日本人じゃなさそうだし・・・どうゆういきさつで、ここに来たのかなって思って。食べ物もろくに食べてなかったんでしょう?」
「あー・・・話せば長くなるんだけどよ。」
「うん」
「・・・・・・・・・・・その、どうしても聞きてぇか?」
「・・・・・・いや、話したくないなら別にいいよ。それより、お腹大丈夫?もう減ってない?」



私がそう言いながら皿を持って立ち上がると、彼はびっくりしながらも少し笑って「ありがとう、もう大丈夫だぞ、と」と言った。私はその笑顔に応えるようににっこりと笑い、皿をキッチンに持っていった。彼も、床に散らばっていた皿をいくつか持って来てくれて、皿洗いを手伝ってくれた。けど、少しすると彼はお腹が痛いと言って、トイレにこもってしまった。当たり前だ。あんだけ食べたんだから。消化しきれなくて、上から出してしまうだろう。まぁ、そんな風にした原因は私にあると言っちゃあるんだけど、元々は彼が食べたいと言ったのだから私に責任はないだろう。そう自分を正当化して、皿洗いを続けた。



「・・・・悪ぃ、吐いちまった・・・」
「あ、うん大丈夫。気分どう?お水、飲める?」
「ああ。・・・ほんとに悪ぃな・・・」
「大丈夫よ。気にしないで。よかったら、ソファで寝てたら?少し良くなるかもよ」
「・・・ああ、そうする・・・・」



私の手から水の入ったグラスを受取り、彼は一気に飲みほした。そしてあからさまに具合が悪いというような顔をすると、ぐったりとソファに向かって倒れこんだ。私はキッチンからその光景を見守り、皿洗いを続ける。まだ、5分の1も洗い終わっていない。先は長いな。私は溜息をひとつこぼし、昼下がりの太陽に光る赤色の髪を視界の端に捉えながら、作業を続けた。












全てを洗い終わったのは、午後5時半。真っ青だった空がだんだん紫色になり紅色になり、夕方が近づいてくる。私は水で濡れた手を柔らかいタオルで拭い、キッチンの電気を消した。彼は、いつの間にかすやすやと寝息を立てて寝ていた。私は彼の寝ているソファを背もたれにして、読みかけの小説を読み始めた。無音で、なぜかとても安心できる空間だった。知り合ってから一日も経っていない異性が自分の背後で寝ているのに、不思議と嫌な感じがしない。その反対に、とても幸せな気分だった。そしてしばらくすると、彼はゆっくりと起きあがった。



「あー・・・もう夕方か・・・」
「起きた?具合どう?」
「ん、寝たからよくなったみたいだぞ、と」



頭をガシガシと掻いて、寝ぼけ眼で私を見る。こんな至近距離で顔を見たことがなかったのでよくわからなかったが、彼の顔はとても整っている顔をしていた。澄んだ瞳に筋の通った鼻、そして形のいい唇。そしてさっきから気になっていたんだけど、この頬のところに描いてある赤い線はなんなんだろう?まさかモミアゲじゃないよね?とかなんとか思っていたら、段々と顔が近づいてきた気がした。なんで近づくんだろう、と思った時にはもう、私はキスをされていた。




「・・・・・・・・・・・・え、」
「近くで見るともっと可愛いな、お前」
「・・・・・・・・は・・・!!?」



何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けてただ彼の顔をじっと見つめていた。当の彼はにっこりと無邪気な笑顔を浮かべながら「そんなに口開けてると舌入れるぞ」とかなんだか凄まじい台詞を吐いたので、私は慌てて口だけは閉じた。そんな私の様子を見て、彼は笑いながら私の頭に手を置いてポンポンと叩いた。



「・・・あ、の。」
「ん?」
「・・・・・なんでキスしたの?」
「したかったから」
「・・・・・なんでしたかったの?」
「お前、可愛いから。襲いたくなった。」
「・・・・・・・え、ちょっと待って、意味がわからない」



私は頭の中をできるだけ回転させ、今までの出来事を整理した。私は彼の出身地、年齢どころか名前すら知らない。それは彼も同じことで、せいぜい私の性別と住所くらいしか知らない。なのに、なんでこんなことに?やっぱり、道端で拾ったのがいけなかったのだろうか。ただご飯を食べたいだけだと油断させておいて、実は自分の性欲を満たそうと私を誘ったのだろうか。ご飯はわ・た・し!ってか?うん、笑えないよ!?



「意味なんてわからなくていいじゃねぇか、俺とお前は出逢った。それだけ」
「いや、出会ったのはわかるけど、なんでキスしちゃったのかってことがわからない。」
「俺、お前のこと好きだ。だからキスした。じゃ、だめなのか?」
「・・・本当に?私で性欲満たそうとか思ってない?」
「・・・まぁヤりたいっちゃあヤりたいけど。でもお前が嫌だって言うなら我慢する。」
「・・・それってどう反応すればいいか」
「好きだから、嫌われたくないんだぞ、と」
「・・・・・・・・・・うん、わかるけど」
「お前、付き合ってる奴いんのか?」
「・・・・いないけど」
「じゃあ俺にしろよ。な?」



腕を掴まれ、真剣な眼差しを送られた。こんな軽い感じで、付き合ったりしていいんだろうか。確かに、彼はカッコイイけど、私は彼のことを何も知らない。この状態で、付き合っても後悔しないかな?



「お互いが知らないところは、これから知っていけばいい。好きかわからないって時は、好きになるまでずっと一緒にいればいい。俺はお前が好きだ。だから、ずっと一緒にいたい。」
「・・・・うん、」
「俺と付き合って?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、ん。」




勢いで言ったようにも感じるけど、私はとりあえず彼の言葉を信じてみることにした。これから2人で、一緒に暮らしていきたい。大切な時間を、この人と共に過ごしたい。そう思ったのも事実だ。不安だらけだけど、彼はきっと私を幸せにしてくれる。そう信じて、私たちはまたキスをした。長くしていると、さりげなく彼の手が私の腰らへんを触ってきたので、私は彼を一旦離した。




「・・・・・・・ねぇ、その前に私、知りたいことがある」
「ん?」
「あなたの名前、教えて?」




そう言うと、彼は私を抱えてソファに押し倒し、耳元へ口を持っていき、キスをするように優しく「レノ」と囁いた。



































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