「・・・別れてほしいの」
「・・・・・・・なんだと?」




は自慢の彼女だった。
俺に釣り合うくらいの美人だし、頭も切れるし、運動神経もいい。
性格も気丈で、ちょっとやそっとのことじゃヘコたれたりしない。
悪口を言われても、気にせず笑っている。
強い、強い女だった。だから選んだ。



「おい、どうゆうことだよ」
「・・・もう景吾と付き合ってるの辛いの」
「なんでだ?」
「とにかく・・・嫌いになってしまったの、ただそれだけ」



顔に表情を灯さず、はそう言った。
俺は頭に血が上り、思わずの首を片手で掴む。
は一瞬苦しそうに顔を歪めたが、それでもまた無表情に戻ってしまった。



「嫌いって・・・どうゆうことだよ。」
「・・・」
「もしかして女共にイジメられたのか?」
「イジメなんかっ・・・!」
「じゃあなんなんだ。なんでいきなりそんなこと言うんだよ」



の首を掴んでいた指の力が弱まった。
その瞬間を逃さず、は俺の手から逃れた。
はゲホゲホと咳込み、潤んだ瞳で俺を見る。



「言った、でしょう・・・?嫌いなの!」
「・・・言うな」
「・・・嫌いよ」
「・・・やめてくれ」
「・・・っ嫌い嫌い嫌い嫌い!!大嫌い!!!
「っ言うな!!!!」




俺はまた両手での首を掴んだ。
さっきより強く、殺してしまうほど強く。
は顔を歪め、涙を流す。



「けい、っご・・・や・・・め・・・・」




、お前だけには言われたくなかった。
他の奴らに何万回言われようと
だけには・・・嫌われたくなかった。



首を絞める力を更にきつめる。
の意識は飛びそうだ。





俺を 嫌い というお前の喉なんか、潰してやりたい。

そうだ、そのまま意識を失くして

俺を 嫌い というお前なんか、消えてなくなってしまえ


















「跡部!何してるん!!!?」



ハッと気がつくと、忍足が俺たちに駆け寄ってきた。
そしてすぐさま俺の手からを解放し、大丈夫かと言っている。
は顔を赤くし咳込みながら、もう一度俺を見た。
こんなに苦しい思いをさせられたのに、俺に向けられる目には恨みなどこもっていない。
むしろ愛情さえ感じられる。そんなまなざしだった。



「けい、ご・・・・ごめ・・・ん、ね」



はそう言うと、涙を頬に伝わせて倒れこんだ。
意識が飛んでしまったようで、忍足が携帯で急いで救急車を呼んだ。
それからは病院に運ばれ、仮入院をして、そして親の意思により転校した。
住所も知らせず、電話番号さえ変えた。
俺の力を持ってすれば見つけることなんて容易いけれど、なぜかそれができなかった。
忍足とも数ヶ月間気まずかったが、なんとか元の関係を取り戻せた。








真実を知ったのは、それから半年後のことだった。
のことも最早過去となっていた時、忍足が俺に事実を伝えてくれた。



ちゃんな、やっぱり跡部のファンに酷いイジメにあってたらしいで」
「・・・いきなりなんだ」
「俺、聞いたんや。クラスの女子が、ちゃんのこと話してるとこ。その子ら、ちゃんと親友やったんやって。で、俺、問い詰めたねん。」
はイジメ如きで潰されるような女じゃ・・・」
「知っとる。大事なのは、この次や」
「次?」
「ああ。ちゃんは絶対景吾には話さないで、って言ってたらしいんやけど・・・」



忍足は辛そうに斜め下を向いてから、俺に視線を戻して言った。



ちゃんな、どんな酷いイジメにも耐えてきたんやって。
靴に画鋲なんてゆう古風なものもあったし、教科書1ページ1ページ丁寧に引き裂かれてたりな。
制服なんて10着以上新しいの買ってたんやって。普通、1人の男と付き合うためにここまで我慢するか?
そんな反応だから、イジメてた奴らもつまんなかったんやろうな。今度は最終手段に出たんや。
『跡部様に怪我させてやる』。もう最後はちゃんが一番大切にしてるもんを傷つけたろ思ったんやろ。
・・・ま、その時点で跡部のファンとか言えんやろって話なんやけど。
そこでちゃんは、血相変えたらしい。それだけはやめて、ってな。
ようやく下手についたちゃんに今度は、『跡部様に嫌いって言って別れてくれたら、怪我なんかさせないって誓う』って言ったらしい。
それを聞いたちゃんは、跡部をフったんや。本当はちゃん、跡部のこと嫌いなんかじゃないで!!
全てはお前のため、ちゃんは嫌いって言ったんや!!」




気づいてやれなかった。
俺のためにそんな努力をしていたこと、そんな我慢をしていたこと。


あの日、どんな気持ちでは俺を 嫌い と言ったんだろう。

どんな、どんな気持ちで





俺は、その場に立ち尽くした。
あの日、の首を絞めた両手を広げて眺める。
その掌に、俺の涙がポツリと零れ落ちた。








嫌い と言ったお前の喉を、潰すより


俺 という存在を、消したくなった。















お前のを、


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