あたしは、後輩に好かれるとは思っていた。
でも彼は、度を越えている。
「センパーイVv」
「あ、赤也・・・」
教室に着くなり、後輩である赤也に前から飛びつかれた。
あたしがくるまで赤也と話していただろう2人がこっちを見てニヤニヤと笑っている。
あたしは赤也を両手で押しながら、自分の席につく。
赤也があたしに飛びつくのは、もうここんとこ毎日だ。
クラスメイトもまただよ・・・という目で見ている。
「朝からお盛んやのぅ、お前さんら」
「ほんっと!見てられないぜー。」
「見てられないならこの子どうにかしてよ」
未だにひっついている赤也を指差して、話しかけてきた仁王と丸井に言う。
2人は何もせず、互いに顔を見合せてまだニヤニヤしていた。
あたしは、テニス部のマネージャーをしている。
そして赤也とは、普通に先輩後輩の仲だ。だが、仲良くしているうちに懐かれてしまったらしい。
元々可愛らしいところもあったから、最初は甘えていただけかと思ったけど違ったようだった。
「あ!やべ、もう行かなきゃ!」
赤也はそう叫ぶと私を解放し、教室のドアまでたたっと走った。
そしてくるっと振り向いたかと思うと、この一言。
「センパイ!また後で会いましょうね!!あ、仁王先輩も丸井先輩もべんきょー頑張って下さいッスー」
クラス中に響き渡るような大声で彼はそう言い、手をぶんぶんと振って出て行った。
あたしはハァーっと大きなため息をつく。
仁王はクックッと喉を鳴らして笑っている。丸井もやれやれと手を腰に当てた。
「まだ付き合ってないのかよ、お前ら?」
「付き合ってなんかないよ・・・」
「じゃあ、告白はされたんか?」
「んー・・・告白・・・?かな、アレは」
「なんだよソレーっ!詳しく聞かせろよっ!!」
「詳しくってか・・・ただ、愛してるって言われただけだよ」
「「えーーーーー」」
あたしがそう言うと2人はドン引きしたようだった。
まさか、そこまでハードル高いことを言われてたなんて思いもしなかったんだろう。
でも、実際そうなんだ。
ここ数日、部活帰りはいつも赤也と一緒に帰っている。(とゆうか赤也が勝手についてくる。)
その度に、「センパイ、愛してるッス」と言う。
あたしは笑ってごまかすけど、赤也はいつも真剣なのに、と悲しい顔をするんだ。
チャイムが鳴って、みんな自分の席に着く。
そしていつものように授業を受けて、放課後になった。
部活も(赤也にまとわりつかれながらも)いつも通り終わって、帰る時間になる。
もちろん、あたしは赤也と一緒に帰る。
「センパイは、ゲームとかします?俺は格ゲー好きなんスけど・・・あ、格ゲーってのは格闘ゲームの略で・・・」
あたしはいつも、饒舌な赤也の話をほとんど聞いているだけだ。
質問されたら返し、たまに相槌を打つ。
そして一回話が終わったかと思うと、赤也はまた「愛してる」を口にする。
付き合ってもいないのに、そんな言葉を軽々と言ってしまう。
あたしにはそれが不思議でならなかった。
「・・・ねぇ、なんでそんなに愛してるなんて言うの?」
「だってそれは、・・・っセンパイ!」
赤也がいきなり、あたしの腕を引っ張った。
その反動で、あたしは赤也の腕の中にすっぽりとはまってしまう。
何があったのかわからないでいると、後ろで車が横切る音がする。
もうちょっとであたし、轢かれるところだったらしい。
赤也にお礼を言おうと顔を上げると、赤也が泣きそうな顔をして言った。
「・・・もし今、俺の反応が少し遅れちゃって・・・もしだけど、あんたが死んじゃったら・・・もう言えなくなるじゃないッスか」
「・・・・・・え?」
「そうじゃなくたって、俺が身代わりになったとして、飛び出してもし死んだら・・・もう言えないんスよ」
「・・・赤也」
赤也があたしを抱きしめた。ぎゅっと、力強く。だけど優しく。
「人生、何が起きるかなんてわかんないんスよ?もしかしたら明日、俺が交通事故に遭って死ぬかもしれない。
頭を打って、記憶喪失になるかもしれない。耳が聞こえなくなって、言葉も発せなくなるかもしれない。
だから俺はこの人生、たとえ誰かに笑われても・・・後悔しないように、生きていきたいんス」
「・・・うん」
「だから俺、あんたの心に届くまで、何千回だって何万回だって愛してるって言ってやるんだ」
そう言って、赤也はあたしを放した。なんかすんません、と笑ってあたしの前を歩いた。
あたしはそんな赤也の背中を少し眺めてから、いつも彼があたしにやるように背中に飛びついた。
赤也はうぉっと小さく呟いて、驚きながら顔を赤くしている。
自分からはいつも抱きついてくるくせに、いざあたしが抱きしめるとこの反応だもん。
「赤也のバーカ」
「ぅえっ!?なんで!?」
「でも、そんなところも愛してるんだよなぁ」
「・・・今、なんて」
「・・・別に?あたしも、後悔しないように生きたいなぁって思っただけだよ」
百万回の愛してる
(たとえ誰かに笑われたって、後悔したくないもんね。)
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