※これは、日本に古くから伝わる物語を元にしたお話です。























安積山(あさかやま)・前編




















ある時あるところに、とても美しい姫がいた。
」という名を持つ姫は、姉妹の中でも一番美しかった。
父である王はやはりを可愛がり、片時も傍を離さず大切に育てていた―――――










「ブン太、もう出発するのか?」
「ああ、今日から王宮に仕えることになるからな。失礼なことはできないだろ」



丸井ブン太は、丸井家の長男として生まれた。
家柄は先祖代々王宮に仕えている身だったので、王家と比べると天地の差だが平民よりはいい暮らしはできていた。
そして18歳となった今日、ようやく王宮に仕えることができるのだ。
だが、一緒に武術を鍛えてきた幼馴染である幸村精市とも、ここで別れることとなる。
幸村は寂しそうにブン太に話しかける。




「・・・気をつけろよ」
「ああ。精市もな」
「また、会えるといいな」
「そうだな。・・・じゃ、行って来る。・・・またな」
「ああ。・・・また」



泣きそうになるのをぐっとこらえ、ブン太は王宮へ向かった。





「ようこそ参られた。そなたの父君にはとても感謝している。そなたにも充分の期待をしておるぞ」
「はいっ!ありがとうございます。」
「詳しくは、そこにおる柳生に聞け。」
「はいっ!失礼致します」




王宮に着くと、まずは謁見の間に通された。
王座に座る王は、とても威厳のある顔をしていた。
ブン太は少々ビビりながらも、頭を下げてから紹介された男の元へ行った。




「柳生比呂士と申します。恐縮ながら、丸井さんの目付け役とさせていただきます。」
「よろしくお願いします」
「私のことはどうぞ、比呂士とお呼び下さい。私の方が身分が下となりますゆえ、敬語も使われなくて大丈夫ですよ」
「そうなのか?あー、よかった。俺、堅苦しいの苦手なんだよな」
「では、お部屋に案内させていただきます」




そうしてブン太の部屋に案内され、早速仕事にとりかかることになった。
ブン太の仕事は、主に王宮の警備、あとは雑務などだった。
ブン太はすぐ着替え、持ち場へとついた。




「(案外・・・ヒマだな)」



そう思ったのは、警備を初めて一週間後だった。
警備も何も、宮中はとても静かで、とても平和的だったのだ。
その時だった。急に廊下の奥が騒がしくなり、その場に居た皆がそちらへと向かっている。



「こら、そこの者!何をしておる、姫君のお帰りじゃ!早く並ばんか!!」
「え、あっ、はい!!」



老人にそう叫ばれ、ブン太も慌てて列へ並ぶ。
廊下を囲むようにして並び、扉の近くに居た女がそれを開ける。
それと同時に、後光を浴びるようにしてある女が入ってくる。


ブン太は吃驚して目を見開いた。口も、だらしなく開いたままになる。
入ってきたのは、今まで見たこともないとても美しい女性。
ブン太は、ひと目で恋に落ちた。


















「なあ、柳生・・・姫様って知ってるか?」
「はぁ・・・ご存じですが」



就寝時間になり、柳生にそう聞いた。
柳生は驚いた顔を見せながら、質問に答える。
ブン太がここに来てから一週間。柳生とブン太は、随分仲良くなった。
だが、柳生は敬語をやめない。彼は、敬語を使わないと落ち着かないそうだ。



「今日、とても綺麗な姫様に会ったんだ・・・」
「とても綺麗な・・・でしたらその御方は、7番目の姫君ですね」
「7番目の・・・か」
「ええ。兄妹の中で一番美しいと言われております。」
「名は・・・名は知ってるか?」
「はい。様、と仰られます。」
・・・姫」





その日からというもの、ブン太の頭の中には姫のことしか浮かばなくなった。
身分のことを考えると、絶対に叶わない恋。だが、愛おしい。
昼も夜も、警備なんて手につかない。
今、彼女が何を食べているのか。何を読んでいるのか。何を話しているのか。
それだけが気がかりになる。
そんな毎日が、何週間も続いた。




「丸井様・・・今日くらいは食事を食べたらどうです」
「いらねぇ・・・姫のことを思うと、食べられないんだ」
「そうですか・・・」



とうとうブン太は病気になり、仕事は休みを貰った。
毎日毎日考えるのは姫のことばかり。
食事も喉を通らなくなり、柳生にも心配ばかりかけさせている。
そんな状態が続いたため、ブン太はいつ死んでもおかしくないようになってしまった。



「なぁ柳生、俺って死ぬのかな・・・」
「このままでは死んでしまうでしょうね。だから食事を食べてください!」
「食べても戻してしまうんだ・・・おかしいんだ、俺。食べなきゃって思ってるのに・・・体が拒むんだ」



そう言うブン太に、柳生はムリヤリ食事を取らせる。
だがブン太の言った通り、一度飲みこんだものでもすぐに吐き出してしまった。



「ただ・・・姫が好きなんだ。ただ・・・もう一度逢いたいんだ。ああ、姫・・・・・姫・・・・・・」



気が狂ったように、何度も何度も姫の名を呼ぶ。
柳生はその様子を憐れみ、なにか助けることができないかと手段を探す。



「・・・・・・・私に良い考えがあります。」
「本当か・・・!!」
「姫に逢いたいのでしょう?その願いが叶ったらきっと、丸井様の食欲も戻りましょう」
「ああ、ああ・・・!柳生、その考えとやらを教えてくれ・・・!」




柳生が考えた案は、確かに姫には逢えるものだった。
だが、もしかしたら、ブン太の身が危うい。
そんな案を言いたくはなかったが、こうするしかなかった。
柳生は口を開く。



「・・・姫君に仕えている女中に、という者がおります。その者に、姫様にお目通りを、とお願いするのです。」
「だが、そんなことをしても逢えないのではないか?」
「その者に、『王に申し上げたい大事なことがあるのですが、まずは姫君のお耳に入れておきたいと思うので、お取次ぎを願いたい』と言うのです」
「そうすれば・・・逢える?」
「そうすれば、きっとは姫様に話を通してくれましょう。そして、夜、姫君にお会いするのです。」



ブン太は柳生の言葉に頷いた。
もし、が断ればもう二度と会えない。
それにもし告げ口などされたら、もうブン太はここでは暮らせないだろう。
だがブン太は、早速次の日の朝に作戦を実行した。全ては姫に逢いたいがため。
という女中を柳生に呼び出してもらい、事を伝える。



「はぁ・・・ですが、何を王様に申し上げるのですか?」
「このことは、秘密を要する大事な要件なので、人を介しては言えないのです」
「そうですか」
「私は、先祖代々この王宮に仕えさせてもらっている身。なので、もし姫君が少しでも宮外にお出でになさってくれるのならば、私が直接詳しく申し上げます。」
「そう姫様に取り次げばよろしいのですね?」
「はい。お願い致します」
「わかりました。夕方までにはお返事を頂けるでしょう。丸井様も病床の身なので、お部屋で待っていて下されば私が報告に参ります。」



成功だ、うまくいった。これで、いい返事が貰えれば姫に逢える。
に一礼をして、ブン太は部屋に戻った。
柳生は仕事に行って、部屋には1人しかいない。



「やっと・・・やっと逢えるんだ・・・姫・・・」



ベッドに転がり、目を閉じてゆっくり深呼吸をしてから、また目を開けた。
さっきと同じ部屋なはずなのに、なぜかさっきより明るく見える。



「これでもう、思い残ることは何もない・・・・・・。・・・・待てよ」



ガバッと起きあがった。ブン太は、とんでもない案を思いついてしまう。



「どうせこのままだったら死んぢまうんだ・・・ならいっそ」



愛しい姫を奪い取り、一度抱いてから身投げして死のう。
そうすれば、この世に悔いは何ひとつない。
そう、思いついたのだった。





















「丸井様?馬をお使いに?」
「ああ、柳生か。」



柳生が昼ごろに戻ってきた時、ブン太は部屋にいなかった。
探してみると、今朝より幾分良い顔色をしたブン太が、馬小屋から馬を一匹、借りていた。



「随分顔色が良くなりましたね?」
「ああ。さっき、何週間かぶりに食事をしたんだ。とても美味しかった。」



柳生は嬉しく思ったが、妙に晴れ晴れしいブン太を少し疑ってしまう。



「丸井様・・・姫様に逢ったあと、何か変なことをしようとは考えていないでしょうね?」
「・・・そんなわけないだろ?ほら、早く午後の仕事に行ったらどうだ。俺は夕方まで寝ていよう」
「・・・わかりました。では、後ほど」



ブン太が馬小屋から逃げるように去ったので、柳生は心に不安を持ったまま自分の仕事へ向かった。
馬の準備と、この王宮を出る準備をしたブン太は、が部屋に来るのを今か今かと待った。
やがて夕方になり、部屋の扉を叩く音がする。



「・・・丸井様?」
様か。お入りになってください」
「失礼いたします。姫様が、本日の夜なら時間が空くとのことでしたので、その時にお話をお聞きして下さるそうです。」



は礼をしてから、用件だけをすらすらと述べた。
ブン太は用意していた言葉を、に伝える。



「夜ですか。では、11時で宜しいですね?」
「11時!?それはあまりにも遅すぎるのでは?」
「申し訳ありません。内密に事を運びたいので、夜分遅くの方が都合が良いのです。だから、使いの者も無しでお願い致したい。」
「・・・・わかりました。姫様に伝えます。11時ですね?」
「はい。それでは、ありがとうございました、様。」




夜11時。
やっと姫に逢えるんだ。
その想いでいっぱいになる。
ブン太は、それだけで幸せだった。


















11時になり、ブン太が姫に逢いに行く時間となった。



「柳生、ありがとうな」
「いえ・・・ですが、逢うだけのことを考えて下さいね」
「もちろんだ。他になにをする?」



フッ、と笑うブン太に、少々柳生は不安になる。
柳生はもっと言いたいことがあったはずなのに、他には何も言えなかった。
そしてそのままブン太は部屋を出て行った。













胸が躍る。廊下を駆け足で進む。
会いたい。逢いたい。あいたい。
狂ったみたいだ。それは自分でもわかっている。
そう、自分は狂っている。姫が好きすぎて、狂ってしまったんだ。





「・・・姫。参りました。丸井ブン太と申します」
「そなたですか・・・。父上に申し上げたいことがあるのですね?」




姫は相変わらず綺麗だった。姫の髪が月の光を浴びて、艶やかに光っている。
大きくて丸い瞳、筋の通った鼻、薄いが形の整っている唇・・・
姫の全てを見ているうちに、ブン太の頭は何かに取り憑かれたようになった。
姫を自分のものにしたい。
その欲望だけが、頭の中を支配する。



「丸井?」



姫に自分の名前を呼ばれ、ついにブン太は行動を起こす。
その行動は、絶対に許されない。もし見つかれば、処罰されるだろう。
だが、どうせ死ぬつもりだったんだ。別に、いい。



「きゃっ・・・」



姫の悲鳴も出させないうちに、姫を抱えあげて馬小屋に走った。
そして準備を整えておいた馬に姫を乗せて、自分も乗って王宮を飛びだした。
抵抗する姫を一回気絶させ、そのまま夜を駆けて行った。





















宮内の異変に気づいたのは、女達が騒がしくなってからだった。



「何かあったのですか?」
「柳生様!・・・それが、姫様がどこにもいらっしゃらないのです」
姫様が・・・」
「柳生様、何かご存知でしょうか?」
「・・・・いいえ、私はなにも・・・」
「そうですか。それでは失礼いたします!」



柳生の嫌な予感は当たったのだ。
姫に会いに行った丸井も、まだ帰って来ない。
柳生は焦りながらも考え、そしてまずはを探した。
探してから5分程経った後、の姿は見つかった。
周りに人はいないが、酷く怯えているようだった。



「姫様が・・・確実にあの丸井のせいだわ!」
様」
「や、柳生様・・・どうしましょう、姫様がっ・・・」
「落ち着いてください。」



柳生はを落ち着かせ、説き伏せる。



「いいですか?この宮内で、真実を知っているのは私と貴女だけ。」
「丸井が姫様を連れ去ったという真実ですね!?」
「お静かに。だがどうだ、丸井と姫様が会う手配をしたのは、貴女だ。このことが王に知られたら、貴女は打ち首かもしれません」
「打ち首・・・!!この、私が・・・!!」
「ええ。ですから、このことは知らなかったことにするのです。私と貴女だけの秘密。・・・守れますね?」
「・・・・・・・・はい」






これで姫様がいなくなったのは、丸井のせいではないと一時的ではあるが証明できる。
柳生は大きなため息を一つ吐く。
だが、行方をくらませた丸井と姫がどこへ逃げたのかなんて、柳生が知る由もない。



































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