――――――――――――――ここ、は・・・・・・・・・・?







「あ、起きた?」



にっこりと俺を見て笑うのは、俺の彼女。
不機嫌に起き上がって周りを見ると、自分が今いる場所は病院だとわかった。





・・・?なんで俺、ここにいるんじゃ?」
「え、雅治覚えてないの?雅治ったら、車に当てられたのよ?」
「車に・・・」





ああ、そう言えばそうだったかもしれない。
たしか俺は、と一緒に帰っていた途中だった。
喋るのに夢中になってしまって、の「雅治、危ない!」という言葉でやっと車が来ているのに気付いたんだ。
ああ、そうだ。思い出してきた。
その直後にぶつかった背中が、急に痛みだした。





「でも本当無事で良かったよ。死んじゃったかと思った」
を残してそんな簡単に死なねぇよ」
「・・・、あたしお花かえてくるね」





は笑顔で病室を出ていった。
でもまさか、自分が入院するハメになるとは思ってもいなかった。
命があっただけ、よしとしよう。






ガラッ



「どうだい、仁王くん。調子は」



医者らしき人が入ってきた。
俺は、まぁ、と答える。



「仁王くんは、脳に刺激を受けているかもしれないから・・・三日間だけ入院してもらうよ」
「はぁ・・・三日間・・・だけでええんですか?」
「まぁ、外傷はほとんどないしね。心配なのは脳だから」
「そうなんですか・・・」





自分の背中に手を当てて、もう一度医者を見る。





「とにかく、この三日間は安静にしているように。暇かもしれないけど、我慢してくれよ」






我慢なんか、するつもりはなかった。
というか、暇なんてもんじゃない。
面倒な学校は行かなくてすむ。
まぁ、部活にいけないのは少し残念だけど、がいるからいい。
普段は少ししかいられないと、ずっと一緒にいれる。
こんなに嬉しいことはなかった。







ガラッ



「・・・お医者さん、なんか言ってた?」
「ああ。俺、入院は三日だけなんじゃと。」
「本当!?よかったね!」
「おう。これでお前さんといっぱいいられるな」
「だね・・・」




それから俺とは、時間がくるまでずっと喋っていた。
が帰ったあとはすぐ寝てしまって、暇を感じる時間は全然なかった。
この調子で、あと二日。
は学校があるけど、でも、一緒にいれる時間は今までにくらべ圧倒的に多い。
早く学校が終わらないか、とそわそわした。







二日目は検査が午前中に多くあった。
丁度よかった。これで、午前中の暇は潰される。






「雅治っ!!」






午後になると、すぐがやってきた。




、学校は?」
「へへっ、さぼっちゃった!」
「悪い子じゃのぅ・・・ええんか?」
「学校より雅治の方が大事!」
「、嬉しいぜよ。」




やばい。ニヤけてしまう。
は笑顔のまんまコートをかけ、そして思い出したように鞄から何かを取り出した。
それは、シンプルな白い封筒に入っている手紙だった。




「何じゃ?これ」
「これね、授業受けてる時にヒマだったから書いたの。」
「・・・授業はちゃんと受けんしゃい」
「雅治に言われたくないなぁ〜っ」



にこにこしながらそう言うと笑いあってから、その手紙を開こうとした。



「あっ!待って、あたしがいるとこで開けちゃダメ!」
「いいじゃろ、別に。」
「ダメなの〜っ!できれば退院してくれてからの方がいいなー、なんて。」
「・・・しょうがないのぅ。かわいい彼女さんの頼みじゃ。」
「わーいやったぁ!ありがと雅治!!」



俺はベッド横の引き出しに、その手紙を大事に大事にしまっておいた。
するといきなりが立ち上がり、焦ったように部屋を出て行こうとした。




、どこ行くんじゃ?」
「あ・・・ご、ごめん!ちょっとトイレに!ずっと我慢してたんだ!」




そうか、と俺が答える前に、は部屋から出ていってしまった。
どれだけ我慢していたんだろう?俺は少し笑ってしまった。
とほんの少しの差で入れ違って部屋に入ってきたのは、担当の医者だった。




「仁王くん、体調はいいかな?」
「はぁ、まぁ。そこそこ」
「そっか。ならよかった。今朝にした検査の結果なんだけどね、少し気になるところがあって。」





医者は、何枚も連ねられた資料を片手に、俺に話しかける。





「昨日も言ったとおり、外傷はほとんどない。かすり傷だけ。ただ、精密検査の結果が・・・」
「何ですか。気にせんでええから続けてください。」
「・・・脳に、少しだけ障害ができてしまった。」
「・・・障害?」
「いや、大丈夫。これは手術しなくても自然に治るものなんだ」
「・・・へぇ」
「見たところ、急激に回復へ向かっているようだし、明日の早朝にはもう完全になくなってしまうよ」
「なら、ええじゃないですか」
「・・・そこで、聞きたいのだが・・・仁王くん。君、変なものが見えたりしないか?」
「変なもの?」
「幻覚とか・・・」
「ああ、なら大丈夫です。普通の世界が見えてるんで」
「そうか。では、今までの記憶、体験など・・・瞬時に思いだせる?」
「ええ。心配せんでも、俺はどこもおかしくありませんから」
「・・・・・・・そうだね。では、また来るよ。」





医者は、下がった眼鏡をくいっと上げて、部屋から出ていった。
そしてその10秒後くらいに、がすっきりした顔をして戻ってきた。




「おかえり」
「ただいま!やー、トイレどこにあるかわかんなくて迷っちゃった!!」
「・・・、俺、脳に障害できたらしいけぇ」
「障害!?そんな・・・・・」
「でも、それは自然に回復してくもので、俺の場合は治りが速いらしいぜよ?」
「本当!?大丈夫なの?」
「ああ。だから心配せんでもよか。ちゃんと明日には退院する」
「よかっ・・・たぁ・・・・・・・」





はぼろっと涙を流した。
俺を思って泣いてくれるなんて、思ってもみなかったから正直驚いた。
俺は優しく彼女を抱きしめてやる。
は俺の腕のなかで、夕方になるまでずっと静かに泣きつづけた。
この時、が俺を思ってこんなにも泣いてくれてるんだと思っていた。
それにしても泣きすぎだな、なんてのん気に考えていた。


は、本当は違うことを思ってずっと泣いていたのに。




「・・・なんかごめんね、泣いちゃって・・・」
「いいぜよ。」
「・・・じゃああたし帰るね、そろそろ面会の時間も終わるし・・・」
「・・・ああ」
「明日は、朝から来るから。・・・待ってて」
「わかったぜよ。じゃあな」
「ん、バイバイ」







はコートを着て、最後には笑顔を見せて去っていった。
でもその笑顔がなんだか悲しくて切なくて、俺の胸は苦しめられた。
―――悲しい。なんか、寂しい。





ガラッ・・・



「仁王くん、夜だけど・・・検査の時間です。用意してくれるかな?」





ハッと気づいた時には、部屋にはナースがいた。
俺はあのまま考え込んで寝ていたみたいで、窓の外はすっかり夜だった。





「あぁ、ハイ・・・」
「用意できたら、検査室に来てね」





ナースは部屋を出ていった。
俺は、俺がいる病室を意味もなくただ眺めてみた。
なぜか、昨日と違う景色に思えた。
なにか、心に黒いモヤモヤが引っかかる。
なんでだろう?
あの医者に変なことを言われたせいか?
それともの涙のせい?
わからない・・・・・・・・・












三日目の朝がやってきた。
今日でとうとう退院だ。
長いようで短かったこの病院生活にも、おさらばできる。




「雅治っ!」
「おお、。来てくれたんじゃな」
「もっちろん!今日は、いつ帰れるの?」
「昨日検査した結果をさっき見て、正常だったから昼ごろには帰れるけぇ。」
「そか。」



にっこりとは笑った。
・・・・・・・・・何か、胸騒ぎがする。



「じゃあ、今日は荷造りだね!」
「ああ。って言っても、パジャマとかしまうだけじゃけどな」
「雅治っていっつも荷物少なかったよねー。学校に来る時も、携帯とお弁当と財布だけが入った鞄持ってきてたし」
「授業道具は全部学校に置いてってるからの」
「シャーペンとかはあたしが貸してあげたっけね」
「・・・・恩にきます。」
「素直でよろしい!」




笑って、俺はふとの足元を見た。




「え?」





ありえない光景が、そこには映っている。





「な、なぁ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・楽しかったなぁ・・・毎日毎日・・・」
「・・・・・・・・・・?」
「毎日雅治と一緒に過ごせて、会えない時もあったけど、それでも凄く幸せだった。」
「・・・・・・・・・・・・・、何言って・・・」



「・・・・・・・・ごめんね、雅治。」








そう言ったの目からは、涙があふれ出している。





「やっぱり、ずっといることはできないみたい。」
「・・・・それって」
「・・・あたしの足、消えてるでしょう?それが何よりの証拠・・・」





の足があったと思われる場所を見ても、そこにはの後ろの景色しか映らない。
何度目をこすって確かめてみても、その事実は変わらない。





「三日前・・・あの事故の日。あの車は、雅治をはねたんじゃないの」

いつも通り楽しく帰ってて、あたしも雅治も話すことに夢中で。
そして気づいたらスピード違反の車が雅治に近づいていた。
「雅治、危ない!」
そう叫んだけど、間に合いそうもなくて。
後ろを振り返った雅治の背中を、全力で押した。
運良く雅治は車とは反対の方向に転んでいって、あたしは安心したんだけど・・・







「・・・・・・・・速い車が衝突してきて飛ばされて、コンクリートに頭を打って即死。それがあたしに用意された運命だった。」

「・・・っそんな」

「・・・・・・・・・・・・あたし、死んだんだ。」


「・・・・・・・・・う、そ・・・・だろ?・・・・おいっ!!!!」







徐々に、足元からの体は消えてゆく。







「こんな状態・・・幽霊みたいな存在でしか傍にいられなかったけど・・・あたしはこの三日間、とっても幸せだったよ。」

・・・・・」

「もちろん、今まで一緒に過ごしてきた時間全て、幸せだった。」

・・・・・・・行かない、で・・・」




「・・・、ごめん。でも、いくしかないの。・・・・・・・・ありがとう、雅治。・・・・・・・あいしてる。・・・・・・あたしの分まで、生きて・・・幸せになって」






俺が大好きだった笑顔を浮かべ、は消えた。











音が消える。













目頭から何か、熱いものがこみ上げてくる。














が消えた空間には、もうなにもかも必要ないと思った。



けれど、が“生きろ”と言うのなら









「・・・う・・・・・・・うあああああああああああああああああっ!!!!」







がくれた命。


心の中のと共に、生きていくと決めた。


































雅治へ


この手紙を見てるってことはもう真実を知ってるのかな?
偽りの姿で会いに行っちゃってごめんなさい。
でも、許してほしい。最後のお願いだから。



色々な思い出をありがとう。

あまりにも充実してた人生だったから、未練なんて残さずに逝けるみたい。
これも、ずっと傍にいてくれた雅治のおかげだね。
あ!でも、雅治が幸せにならずに生きているようなら
あたし、ゾンビになって出てきちゃうからね〜?
だから絶対、幸せになってね。
約束だよ?
約束は守るためにあるんだからね、雅治!



今まで、ありがとう。
大好きだよ。



より












あ、最後にひとつだけ。
・・・やっぱり神様っているのかも。
三日間だけ、あたしにチャンスをくれたんだよ?
優しいんだね、神様って。
神様があたしを雅治だけに見えるようにしてくれたってことは・・・
あたしは天の使い!?
ねぇ雅治?あたしって、天使かもしれないね!







































三日間の天使
×back