それは、放課後の出来事だった。
昼休みに見た小説の続きが気になって、図書室にこもっていた。
最初、図書室の利用者は7人程度。
その中に、密かに想いを寄せている柳くんがいて、あたしはちょっとハッピーになった。
けれど、あくまで密かに想いを寄せているだけなので、話しかけもせず小説に没頭した。



ふと気が付くと青かった空はオレンジに、そのオレンジも紫色になりかかっていた。
もうそろそろ帰ろうかな、と思って周りを見ると、あたしの他には1人しかいなくなってた。
そう、そこに夕日に照らされて輝く柳くんがいたんだ。
あたしの心臓は一回大きく跳ねて、慌てて視線を小説に戻した。
どうやら柳くんも周りの状況がわからないくらい本に没頭しているらしい。あたしのことは気づかない。
偶然にも2人きりで図書室に残ることになって嬉しくて、下校時間になりそうなのにあたしはまた本を読み始めた。





「・・・ん・・・・・・・あっ!」



やってしまった、と思った。あたしはいつの間にか寝ていたようだ。空が真っ黒。
さっきまでそこに座っていたはずの柳くんもいなくなっている。
おまけに、読んでいた本を枕代わりにしていたらしい。ページの隅っこが少し折れてしまっている。
その折れ目をちゃんと元に戻して、溜息を吐きながら本を元の位置に返した。



「・・・なーにやってんだろ、あたし・・・」
「起こそうかと思ったんだが、あまりにも気持ち良さそうだったのでな」
「でも、こんな時間になるまで放っておくことないのにぃ・・・」
「それはすまない。俺も少しうたた寝をしていたようだ。」
「ほんと・・・・・・・・・・・ってええええええ!?」



驚いて後を振り向くと、すぐ近くに柳くんの顔があった。
あたしは焦って少し後ずさりをして、心を落ち着かせて言う。



「や、柳くん・・・?」
「なんだ?」
「なんで、ここに・・・」
「言っただろう。俺も少しうたた寝をしてしまったんだ。」
「でも、起きたなら帰ればよかったのに・・・」
「君をここに残してか?」
「う゛・・・・」



柳くんはいつものように無表情だった。
自分の荷物を片づけて、あたしに向かって言う。



「もうこんな時間だ。まだ残るのか?」
「い、いや、残らない・・・です。」
「では帰ろう。」



あたしは柳くんの後ろに着いて、ドアへと歩いて行った。
柳くんがドアを引こうとしたが、ドアはびくともしなかった。
あたしの顔から冷や汗が出る。まさか、と思った時にはもう柳くんは言葉を発していた。



「どうやら鍵をかけられたようだな」




あたしはどうしたらよいかわからなくて、とりあえず柳くんを見つめることにした。
柳くんは仕方ないな・・・と呟いて、携帯をいじり始めた。
こんな状況でこんなこと思うのもあれだけど・・・柳くんでも携帯使うんだなぁ・・・。



「もしもし、精市か?すまないが、図書室に閉じ込められた。鍵をとってきてくれないか?」



電話の相手はどうやら部長の幸村くんらしい。
ちなみに、今日男子テニス部は月曜日の全体ミーティングが早く終わり、自主練という形になっている。
レギュラーは基本自主練でも出ることになっているが、柳くんは違ったみたいだった。



「・・・練習を出ないからこんなことになるんだ?ふっ・・・確かにそうかもな」



そう言った柳くんの口元には、笑みが浮かんだ。
今日初めてみる、柳くんの笑顔だ。
それから三言くらい言葉を交わして、電話を切った。



「あと30分で部活が終わる。それまで、ここで待っていよう。それでいいな?」
「え、あ、はい!ありがとう!」
「礼は精市に言ってやれ。それと、俺たちは同級生だ。敬語である必要はないだろう。」
「う、うん!」



あたしがそう返事をすると、会話が途切れて沈黙になってしまった。
気まずくて何か話そうと思っていると、柳くんが歩きだして椅子に座った。
こっちに座ったらどうだ、と手招きしてくれた。
さりげない気遣いが、とても嬉しかった。



「そ、そういえば柳くん、あたしのこと知ってたの?」
「3年D組のだろう?ヒマがあればよく図書室に訪れている」
「あ、たまに柳くんもお昼休みにいるもんね」
「それより、お前も俺のこと知っていたのか?」
「え!?だって柳くん、有名だもん。柳くんのこと知らない人なんていないよ!」



クラスと、名前まで知っててくれるなんて嬉しかった。
呼び方が「君」から「お前」になって少しびっくりした。
そんな些細なことで、あたしはこんなにもドキドキしてしまう。
あたし、やっぱり柳くんに恋してるんだな。そう思った。



「そうか・・・精市や丸井などは人気があるから有名だとは思っていたが」
「柳くんだってそうだよ!みんな柳くんのことカッコイイカッコイイって言ってさ、ライバル多くてもうホント困っちゃうよね」
「でも、俺より仁王の方がカッコイイんじゃないか?」
「そんなことない!だって柳くんって顔だけじゃなくて、部活に臨む態度とか凄くカッコ良くて尊敬しちゃうもん!」
「そうか。まぁ確かに、仁王のあの態度は少しいただけないな」



・・・ん?ちょっと待って。
柳くんが突っ込まなかったからあたしも気にしてなかったけど、あたし結構凄いこと言っちゃってない?
ライバル多くて、とか、顔だけじゃなくカッコイイ、とか・・・ぎゃー!恥ずかしいっっ!!!
ど、どうしよ、顔がめっちゃ熱くなってきた!!



「ん、どうした?顔が赤いぞ、
「!!」



柳くんはあたしの顔に顔を近づけてそう言った。
あたしの心臓はバクバク言ってる。
柳くんは、さっき幸村くんと話した時以上に楽しそうな顔をしている。
もしかして・・・わかっててやってる?



「・・・ねぇ、もしかして柳くんってドS?」
「なぜ?」
「なんとなく。」
「さぁ、俺にはわからないな。だが、お前がそう思うならそうなんじゃないか?」
「・・・・・知って、るの?」
「なにを?」
「・・・・なんでもない」
「お前が、俺に顔を近づけられただけで赤くなってしまう理由か?」
「やっぱりっ・・・!!」



あたしがそう言うと同時に、柳くんの顔はもっとあたしの顔に近づいた。
キスされるんじゃないかって思って、とっさに目を瞑ったら、おでこに軽い衝撃があった。
びっくりして目を開けると、おでこをくっつけたまま柳くんが笑っていた。
距離が近すぎなのと、恥ずかしさがあって、あたしはまた目を瞑った。
暗闇の中、柳くんの声が近くで囁いた。




「結論から言うと、お前は俺が好きなんだろう?」




そのまま、唇に生暖かい感触があった。
驚いて目を開けると、柳くんの顔は離れていたので安心した。
でもやっぱり、されたことを思い返すと恥ずかしかったのでまた目を瞑った。
柳くんは大きな声で笑って、あたしの頭を軽く撫でた。
ゆっくり目を開けると、柳くんが優しく微笑んでいた。



「・・・す、すきです・・・」



あたしは静かに頷き、さっきの返答をした。
するとまた柳くんが近づいてきて、さっきより少し長いキスをした。










最終的なコンクルージョン

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