彼女は、この温かい場所とはとても不釣り合いな姫だった。












コオリヒメ。














「北海道から転校してきた、ちゃんや!みんな、なかようしてやってや〜」


正直、うぉ、と思ってん。
ギロっと三白眼で睨まれて、「よろしく」の一言のためにも開かない薄い唇。
クラスのムードメーカーである奴がおどけて見せても、照れたり笑ったりもしない。
冷たい奴やなぁ。
俺は、そんなことをぼんやりと考えていた。


「席は〜・・・せやな、白石の隣がええやろ。」
「・・・え」
「ちょい待ちセンセー!白石の隣は俺やん!俺はどうなるん!?」
「んー、忍足は・・・そこらへんでええんちゃう?」
「なんやねんソレ!!!」




アハハハ、と教室中が爆笑の渦になる。
俺の隣だった謙也はしぶしぶ荷物を持って移動する。
教室中が笑顔に包まれ、温かい雰囲気になる。
氷よりも冷たそうな彼女が俺の席の隣へやってきて、一瞬も目を合わさずに健也の場所だった席に座った。



「・・・?よろしゅうな」



俺は思い切って声をかけてみたけど、返事は当然の如く返ってこなかった。
・・・冷たい。とても冷たい。
温かいこの教室の中で唯一の絶対零度が、俺の隣に現れた。
俺の学校生活は、どうなるんやろか。











そう思っていたが、特に何も変わったこともなくそれから2ヶ月も過ぎた。
席もとっくの間に変わっていて、今の俺と彼女の席は物凄く離れている。
だが、変わっていないこともたくさんある。
時間が経った今でも彼女の態度は変わらないので、笑いが溢れるこの学校の中でとても目立っているのだ。
女子の中では特に嫌われているようで、友達がいるようには見えなかった。
さすがにイジメとか陰湿なものはなかったようだが、みんなまるで彼女をいないように扱っていた。
いや・・・いくら自分らが話しかけたって、彼女が応えてくれない。
言い換えると、彼女が俺らのことを避けているようだったので、みんな彼女と接触するのを諦めたのだろう。
彼女も彼女で、1人でいても平気そうだった。











「あ、白石ぃ〜!」



ある日の昼休み、購買のパンを買い終えて、廊下でそのパンを頬張っている時だった。
うしろから呼ばれ振り返ると、そこには金ちゃんこと金太郎がいた。



「おぉ、金ちゃん。どないしたん?」
「え?いや、白石が見えたから呼んだろー思ってん。」



彼特有の裏のない笑顔を向けられる。
俺もつられて笑顔になってしまい、2人で笑いあっていた。・・・なんちゅー光景や。



「あ、そういえば、白石のクラスにめっちゃ美人さんおるやん?」
「美人って・・・」
「あの転校生や!1年の間でも噂なったんやで〜」
のことやろか?そうなんや。全然しらんかったわー」
「あの人な、昨日ひとりぼっちで泣いててん!」




いきなり聞かされた驚愕の事実に、ついポロっと口からパンが出てしまう。
金太郎がすぐさま後ずさり、うぉっ白石汚いやろっ!!と文句を垂れた。
だが、それどころではない。



「泣いてた・・・って、それはどこでのハナシや!?」
「昨日な、ワイ間違って朝から屋上のタンクの上で寝てしもうてて〜」
「・・・朝から・・・?金ちゃん、授業はどないしたんや・・・」
「わーっ!!い、今はその話ちゃうやろ!?大事なんはこの後や、このあと!!」



俺がシュルシュルと包帯を取る素振りを見せると、金太郎は必死で静止を呼び掛けた。
まぁ少々聞きたいことはあったが、今はそんな場合じゃないのでやめておいた。



「でな?お昼休みにあの美人さんが来てな、ワイはその人が扉開ける音で目覚めてしもうて」
「でも昼休みって屋上開放厳禁じゃなかったやろか?」
「ワイは知らんで?鍵みたいの持っとったみたいやけど」
「ほうか・・・」
「続きやねんけど、ワイ安眠妨害されたから文句言ってやろー思てん。けどな、あの人泣いてたんや」
「なんか言っとったか?」
「いや・・・なんも言ってへんけど・・・寂しそうやった。慰めよ思ったんやけど・・・その人、すぐ帰ってしもてん」
「・・・が・・・」
「・・・よくわからへんけど・・・やっぱ、ひとりぼっちって寂しいでぇ・・・」



金ちゃんは眉を下げ、そう呟いた。
俺はそんな金ちゃんにおおきに、と言って俺は走りだした。



ひとりぼっちって寂しいでぇ・・・



金ちゃんの言葉が、ずっと頭の中を駆け巡った。
そうだ。人間、ひとりでは生きていけない。
友達がいなくても大丈夫、なんて強い人間は誰もいるはずがない。
今日もいるかわからないけれど、俺は屋上へのぼった。
閉ざされているはずの扉は、なぜか開いていた。
視界には、目的の人物をちゃんと捉えていた。





・・・」
「・・・!!」



びっくりして振り返った彼女は、金ちゃんの言った通り泣いていた。
だが俺の顔を見るとその涙はすぐ引っ込み、いつもの冷たい表情へ変わる。
少し目を泳がせた後、俺から視線を外して屋上を出て行こうとした。
俺は慌ててその腕を掴み、その体を自分の方へ引き寄せる。



「なぁ、なんで泣いとるん?」
「・・・っ」
「・・・



はバツの悪そうな顔をして、そして俺と視線を合わせた。
しばらく見つめ合ったているうちに、の目にはだんだん涙が溜まっていく。



「・・・なんっ・・・・みんな・・・・か、の?」



そしてそのままきつめていた唇を震わせ、一度は引っ込めた涙をぼろぼろと溢れさせた。
何かの糸がプツンと切れたように、彼女はその場に座り込んで狂ったように泣きだした。



「なんでみんなっ・・・あた、し・・・冷たくしてっるのに・・・」
「・・・ん?」
「あっ、あたし・・・冷たく、してるのに・・・なんっでみん、な、温かいの・・・!?」
「・・・」
「みん・・・な、に・・・申し訳・・・ないよ・・・」



その言葉は、今まで俺たちが持っていたイメージとは真逆の言葉だった。
冷たいと思っていた彼女からは、一生かけても聞けないようなセリフだった。
俺は彼女を上から覆うように抱きしめてやり、背中をポンポンと叩いた。
彼女のひどかった嗚咽もだんだんと少なくなり、言葉も聞き取りやすくなる。



「あたし・・・北海道にいたころ、いじめられてたの」
「・・・」
「もう人なんか信じないって・・・そう決めてこの学校に転校してきた・・・」
「・・・うん・・・」
「なのに、あたしがどんなにみんなを邪険に扱っても、みんな話しけてくれて・・・」
「・・・」
「最近になってようやく話しかけられなくなって・・・、あたしも、それを望んでいたはずだったのに・・・」
「・・・実際は、どうやった?」
「・・・すごく、寂しかった。本当に、本当に後悔した。」
「・・・ああ」
「なんであたし、冷たい態度なんかとっちゃったんだろう、って何回も何回も後悔した・・・っ!」




やっと、彼女の本音が聞けた。
彼女だって、本当はみんなと仲良くなりたかったんだ。打ちとけたかったんだ。
ただ、彼女の過去が、彼女を冷たい人間へと変えた。




「・・・なぁ、。今からでも遅くないで?」
「・・・え?」
「ここの学校の奴らはな、何回突き飛ばされても簡単に折れるような奴ばっかやないで」
「・・・でも、もう遅いよ・・・」
「俺が遅ないって言っとるんや。俺を信じぃ」
「・・・白石くん・・・」



初めて名前を呼ばれた。
こんなにも嬉しいものなのかと、俺は思う。



「教室、戻ろ?んで、みんなにちゃんと謝るんや。冷たくしとってスマンってな」
「・・・」
「大丈夫!みんなええ奴や。一回謝れば、みんな許してくれる。そうゆうところなんや、ここは」



コクン、とは頷いた。
俺はにっこりと笑ってを立たせる。
は、涙と鼻水を引っ込ませて、屋上を出ようとする。



、大丈夫やで」



俺はそう言っての手をぎゅっと握った。
は一瞬びっくりしたような顔になった。
俺は即座にしまった、と思った。やらなきゃよかったと思った。
だが、すぐ変わった彼女の表情を見て、自分がしたことは間違っていないんだと感じた。





「・・・おおきに、白石くん」






まだぎこちない関西弁でそう言った彼女は、太陽のように温かい笑顔を俺にくれた。














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