―――――夢を見たんだ。




















古城の騎士
























「姫、お早く。」
「わかっているわ・・・手を」






俺が住むこの国はとても小さく貧しく、国民達は苦しい生活を強いられていた。
毎日わずかな量の野菜だけを食べ、ほとんどが藁か木で作られた脆い家で暮らした。
だが王宮だけは違った。豪華絢爛な調度品が城中に置かれ、毎日違う国の違うメニューを食べた。
姫の父・・・国王はその権力を使い、国民達から金を絞り上げて、裕福な生活をしていたのだ。
そんな王宮で、俺は暮らしている。俺は姫の騎士だった。




「・・・この国は腐ってしまった。すべては国王のせい・・・」




窓から国を眺めた。最早この国は、国と言えないほど衰えた。
それに気づいていないのは、その原因を作った張本人である国王だけだ。
そして怒れる国民たちは今、反逆しようとしている。
“幸福”を求め、国王を殺そうとしているのだ。
姫は目を瞑ってゆっくり息を吐くと、ずっと握りしめていた俺の手をそっと放した。



「姫・・・」
「・・・けれど、その国王と一緒に暮らしてきた私も同じ罪・・・」
「姫、それは違います!」
「黙っていて!・・・私は気がつかなかった。そして、気づくのが遅すぎた・・・」
「・・・仕方のないことです。姫のせいでは決してありません」



一筋の涙を流す姫の手をもう一度、両手でそっと覆った。
姫は目を開けて、一点を見据えた。覚悟を決めた顔だった。
俺の手に覆われるだけだった左手が、しっかりと握り返してくる。
俺は姫の顔を見た。



「これが・・・正しい道だとは思わない。命は大切にするべきだわ」
「おっしゃるとおりです。」
「でも・・・こうしないと、他の命が救われない。私がやるべきなの」



姫が決心したことを、昨日の夜に、泣きじゃくりながら俺に伝えてくれた。
俺は猛反対をした。だが、姫はもう決めたと言ってきかなかった。
この頑固なところは、彼女の父親ゆずりだろうか。
今日の朝になっても、姫の決意は揺らがない。




「・・・色々と迷惑をかけたわね」
「いいえ、姫」
「あなたは必ず、この手紙を父に届けて。そして国王を・・・止めて」




しっかりとした声で、姫は言った。
白い封筒に入った手紙を渡される。俺は静かに頷く。
姫は、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。
部屋の中に置いてある物をひとつひとつ、愛おしむように眺めて。
姫が出て行った後、俺は手紙を握りしめ、昨日出すことができなかった涙をこぼした。
















「国民達よ!聞くのです!!!」



窓から、姫の大きな声が聞こえてきた。
今頃姫は、城門の前に立って国民に呼びかけている。
小さいこの国。全力で声を張り上げれば、ほとんどの国民に聞こえるくらいの大きさだった。



「私の父・・・国王は過ちを犯した!!!」



俺は窓から、少しだけ様子をうかがった。
ぞろぞろと、声を聞いた国民達が集まってくる。
やはり、全員と思える数の国民がそこにいた。
俺はすぐ視線を部屋の中へと戻し、激しく脈打つ心臓の上に手を置いた。
もう少し・・・もう少しで彼女は・・・・




「父がしてきたことは、許さざることである!」
「父を国王と呼ぶのはいかなるものか!!!」
「父のため、そして私たちのために、いくつの命が犠牲になっただろうか!」
「私は国がこのような状態になっていることを、知らなかった!」
「だが、知らなかったからといって許されるわけではない!!」
「よって・・・!!!」




姫の言葉が少し詰まった。俺は顔を歪めて目を瞑る。
できるだけその言葉が聞こえないように、両手で耳を塞ぐ。
だが無情にも、その言葉は耳の中でこだました。






「この私が命をもって償おうと思う!!!」




国民達がざわついたのがわかった。
そして、あぁっ!という声が響いた。
姫が、俺の剣を鞘から抜いたのだろう。





「どうか、今まで国王がしてきたことを許してはくれぬだろうか!!」
「そしてこれからは、国民の皆が幸せに笑って暮らせる国を創りあげる!!」
「この魂に、誓わせてくれ・・・!!!!!」




そして数秒の沈黙のあと、悲鳴が上がった。
俺は急いで部屋を出て、長い廊下を抜け、城の門を内側から開けた。
開けるとすぐに、白いドレスを身に纏った彼女が仰向けに倒れていた。
その周りを取り囲むように突っ立っていた国民の目が、一斉に俺に注がれる。
俺は眠るような顔で目を閉じている彼女の体を抱えた。
そして彼女と同じように声を上げる。





「国民たちよ、どうかわかってはくれないだろうか!!!」
「若き姫が自分の命と引き換えに伝えたこの言葉、偽りなどではない!!」
「私は今から王の御前に赴き、姫の最後に残した言葉を伝える!!」
「頼む。もう一度だけこの国を、国王を・・・信じてくれ・・・!!」





俺はそう叫び、姫の遺体と供に城の中へ入って行った。
城の中の者たちは、茫然と俺たちを見ていた。
止めるわけでもなく、姫の容態を確かめるわけでもなく。
ただただ、謁見室へと向かう俺を眺めていた。







「――――――国王」
「・・・聞いていた。姫は・・・死んだのか」
「・・・・・・・・・はい」
「・・・・・・・そうか・・・・・・そう、か・・・・」






謁見室にいた国王は手で顔を抑え、精一杯涙をこらえようとしていた。
俺は何も言わずに、姫をゆっくりと横たわらせる。
彼女の胸に真っ直ぐ突き刺さった俺の剣が、彼女がもう笑わないことを物語っていた。



そうしてこの国王は更生し、国はいい方向へと傾いた。
俺はその様子をずっと見ていた。そして最後まで、姫を刺した剣と共に生きた。































































「ねぇ、この辺りには昔、小さな城が建ってたんだってさ」
「はぁ?いきなり何言ってんの、清純」



彼女であるにそう話すと、大きなため息をつかれた。



「本当だって!聞いたんだよ。」
「・・・誰に?」
「誰・・・かは、わからないけど・・・」
「えー!?何ソレーっ!」



明らかに彼女は俺の言うことを信じていない。
俺は、今日みた夢を思い出した。



「ってかね、今日とっても長い夢を見たんだ」
「へぇ・・・どんな夢?」
「俺がお城の騎士で、お姫様もいた」
「ふーん・・・どんな人?」
に似てた。の前世かもしれないな」



俺は彼女の頭をポンポンと叩いて、俺は話の続きを始めた。



「きっと俺は、姫のことが好きだったんだね」
「なんで?」
「そして姫も、俺・・・騎士のこと、好きだった」
「だからなんでー?」
「んー、理由はわからないけど。ただ・・・」
「ただ?」
「姫が、騎士の剣で死んだんだ」
「騎士が・・・殺しちゃったの?」
「いや、違う。姫が騎士の剣を使って自殺したんだ」
「それのどこがお互いのこと好きなのよ?」
「姫はきっと、最後まで騎士と一緒にいたかった。でもそれは叶わない」
「うん?」
「だから、騎士とずっと一緒にいた剣を連れて行ったんだ」
「うーん・・・」
「騎士も、姫が死んだ後も、ずっとその剣と一緒にいた」
「・・・私にはわからないやっ!それがなんで愛とかに繋がるのかー」



が困ったような顔をしてそう言う。
俺は笑って、もう一度彼女の頭を叩いた。



「叶わぬ恋・・・だったんじゃないかな」



そして俺は、と手を握った。
急にそうしたためか、は焦ってどうしたの?と尋ねてくる。
俺は答えず、温かい手の温もりを感じ取った。
なぜか、懐かしい気持ちになる。




「ん?」
「大好きだよ」
「私も大好き」



あの時に伝えられなかった言葉を今、伝えた。
俺たちは一緒にいる。彼らの願いは時を越えて、叶ったんだ。




「叶わぬ恋なんて・・・ないんじゃないかな」





そう呟いて、の左手をしっかりと握った。














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